酒離れが進み今こそ酒飲みが羨ましいと思う理由は2つある

Generation1988 / Pixabay

20代の若者の約3割は「お酒を飲まない」ということです。

さらに、日本人の約44%は体質的にお酒が飲めないもしかくお酒が弱いそうですよ。

ここ近年、酒離れが進んでみます。

かく言う僕も、お酒をほとんど飲みません。

まあ、僕がお酒をそこそこ飲めても、会社の仲間と飲みに行くのは時間とお金の無駄と思いますがね。

それでも、お酒を美味しく飲んでいる酒飲みを見かけると、「お酒が飲めて羨ましいなぁ」と思ってしまうんですね。

それはなぜなんでしょうね?

酒呑みが羨ましいと思う理由

会社帰りの最寄りの駅近くになる”もつ煮”の看板を掲げている立ち飲み屋さんに前を通ります。

30台前後のOLさんが2人で飲んでいたり、地元の知り合いらしい人と数人で楽しそうに飲んでいたりするのを見ていると、「お酒っていいなぁ」と羨ましく思いますよ。

お酒が飲めて羨ましいとは思いますが、

■職場の飲み会には参加したくはない。

■上司や同僚ど利害関係のある人とは飲みたくはない。

■上司や会社の悪口、愚痴を言いあう飲み会には参加したくはない。

■自腹で楽しくもない飲み会には参加したくない。

■酔っぱらって、大声で電車の中で話をするなど他人に醜態を見せたくない。

■日頃の仕事などのストレス解消のためにお酒を飲みたくはない。

というお酒の飲み方は羨ましくもないし、そのような人たちと付き合いたくもありません。

僕が酒飲みが羨ましく思うのは、”利害関係や下らない上下関係がない人たちと酒を通じて、人生にちょっぴりに潤いと幸せを与えてくれる”ことです。

酔っ払いが羨ましいと思う理由

大正の名の知れた文豪たちも、結構な酒飲みで、数々の酔っ払いエピソードを持っています。

村上春樹さんもエッセイの中で書いていますが、まともな人間が小説を書いて生活なんて出来ないそうですよ。

全うな考え方をしていては、小説なんて書き続けることは無理で、他人から変と思われるくらいの癖を持っているほどじゃなくちゃ小説家として大成はしないようですね。

そういうわけで、大正の文豪たちの酒の飲み方は尋常じゃなかったようで、酒のまつわる逸話も多く語られています。

太宰治さんは、エッセイ「酒ぎらい」の中で、

「酒を呑むと、気持を、ごまかすことができて、でたらめ言っても、そんなに内心、反省しなくなって、とても助かる。」

と語っています。

「酒ぎらい」という名のエッセイですが、太宰治は、当時、一部の国では製造禁止になって言う禁断のお酒「アブサン」をこのよく愛する文豪です。

だからこそ、太宰治はお酒の怖さと喪失感を知っているからこそ書ける文章なのでしょうね。

さらに、坂口安吾もエッセイの中で、

「なぜ酒をのむかと云へば、なぜ生きながらへるかと同じことであるらしい。」

とまで断言しています。

そして、坂口安吾と酒飲み仲間だった中原中也は、大酒のみで周りの人にケンカを売るほどの酒癖が悪かったそうです。

確かに大正の文豪たちを見てみると、お酒というものは魔物で、まっとうな人生を歩みたい人はけして近づいてはいけないものと思ってしまいますが、いい作品を生むためには、お酒は必要なものだったのかもしれません。

まとめ

先ほど書いたように、”利害関係や下らない上下関係がない人たちと酒を通じて、人生にちょっぴりに潤いと幸せを与えてくれる”酒飲みは羨ましいと思います。

でも、僕はほとんどお酒を飲まないので、お酒を通じての新しい関係を築く友達を作るのは難しい。

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